2016年5月5日木曜日


吽形

阿行

太子堂

八幡神社

金刀比羅神社

水神社

鳥居

社号標


データ

別名:
旧社格: 村社
創建:
本務社: 当社


由緒

居神神社、または井神神社、祭神は木花咲耶姫命、火之具土命と三浦荒次郎義意公の霊とされている。
祭神三浦荒次郎については、壮絶なる創建伝説が伝わっている。
三浦半島の新井城主であった三浦荒次郎義意は、伊勢新九郎盛時(北条早雲)に攻城され、永生13年(1516)7月11日、父陸奥守義同とともに自刃した。戦後義意の首を当神社の松の梢に晒し首したところ、3年間眼目せず通行人をにらみ、人々に恐れられたという。
また一説には、義意自刃の際、その首は三浦半島から海を超えて小田原まで飛来し、井神の森の古松にかぶりつき、そのまま3年間通行人をにらみつけたという。
そこで、城下の僧が代わる代わる供養したが、成仏しなかった。これを聞いた久野総世寺の四世忠室存孝和尚が駆けつけ、松の下に立ってしばらく読経の後、「うつつとも夢とも知らぬひとねむり 浮世の隙を曙の空」と詠むと、さしもの怨霊も成仏し、たちまち白骨となって地に落ちた。その時空より「われ今より当初の守り神にならん」との声があったという。そこで社を建て居神神社として祭ったといわれている。
本殿左手に鎌倉時代末期の古碑群があり、そのうち板碑2基、線刻五輪塔2基、陽刻五輪塔1基は、市街地に残る最も古いもので、小田原市の重要文化財に指定されている。


御祭神



御朱印



関連リンク

Wikipedia


場所: 神奈川県小田原市城山4-23-29


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