2014年4月22日火曜日


吽形

阿形

鳥居

社号標

秋葉神社

金毘羅大権現・三峯大権現


データ

別名:
旧社格:
創建:江戸時代後期
本務社:驚神社


由緒

伊勢社は、旧石川の中村と下谷の2つの集落の谷戸宮である。江戸時代後期の地誌である「新編武蔵風土記稿」には「伊勢社、除地一段、 村の東にあり、南に向ふ」とある。江戸時代初期の創建と言われるが・・。伝承では、この伊勢社は昔、中村に源内様という方がおられ、其の方の 所有であったという。棟札が五枚遺されている。一番最古のものは文字が消失している。年代順に示すと宝暦十二年(1762)天明八年(1788)天保十年(1839)そして新築される前の社と考えられる、明治十八年(1885)である。宝暦十二年のには「天下和順 日月清明  奉造立太神宮小社一字諸願成就修 道師別當満願寺 惣氏子中 石川大工當内仁兵衛」とある。氏子達は「天候の安定と豊作、 そして穏やかな日常を祈願していた」慶応二年の記録には下谷四十三戸 中村二十五戸の寄進者が見える。最高は一両、平均は二分の寄進額。
明治初年の「神仏分離令」により保木の関戸氏が祭祀を神官は関戸良本となったのだろう。大正の頃から祭礼は4月3日となり今日に至っている 宵宮には中村で幟を立て、当日は神主を迎えて式典と直会を行った。幟返しは下谷の役目だった。昭和五十一年5月に現社の新築がされてから、 地元囃子連による囃子の奉納が行われるようになった。昭和五十四年二月十八日に新石川の街が誕生すると共に周辺は良好な 住宅地となり人口は急増した。現在旧中村 下谷の人口は約二万人余となり、その氏神として崇敬を集めている。


御祭神



御朱印

無いようです

関連リンク




場所: 神奈川県横浜市青葉区新石川2丁目11-104


大きな地図で見る

0 コメント: